加茂岩倉遺跡(かもいわくらいせき)
島根県雲南市加茂町岩倉にある弥生時代の遺跡で、39個の銅鐸(45㎝前後のものが20個、30㎝前後のものが19個)が出土した。
1ヵ所からの出土としては全国最多。うち14個には、鈕と呼ばれる吊り手の部分に「×」の刻印が見つかった。全国でもこの現象が見られるのは、近隣(3.4km)の荒神谷遺跡などでしかない。「×」印の意味はいまだに謎であるが、梅原猛氏は縄文時代依頼の来世観がまだ生きており、「この世で不完全なものはあの世では不完全」「あの世とこの世は万事あべこべという信仰ゆえに銅鏡などを壊して(破鏡)埋めることが行われた。として、この「×」印は壊す行為の代替であると述べている。
また13組26口は中型鐸の中に小型鐸が納められた「入れ子」状態で出土したことが確認されている。(意図は不明)
古代出雲には巨大な王国、あるいは文化圏が存在したと説く研究者も増えており、今後の周辺エリアでの遺跡の発見が注目される。
銅鐸の製作年代は弥生時代中期から後期にわり、一部(外縁付1式銅鐸)には近畿地方で製作されたと推定されるものもあり。